1.多機能型有機触媒の開発と有用物質合成への応用

(1)チオ尿素・アミノボロン酸ハイブリッド触媒

マイケル反応は廃棄物を一切生じないアトムエコノミーに優れた反応であることから、触媒的不斉反応の開発が盛んに行われてきました。我々は、不飽和カルボン酸をマイケル受容体として利用できる前例のない不斉ヘテロマイケル付加反応に挑戦しています。

最近、カルボキシ基を選択的に認識し活性化するチオ尿素・アミノボロン酸ハイブリッド触媒catを新たに開発し、β–アミノ酸や酸素原子含有不斉四置換炭素を部分構造に持つ糖尿病治療薬(sitagliptin)、脂溶性ビタミン(α-tocopherol)さらにKAHAペプチド合成素子(N-hydroxyaspartic acid誘導体)の不斉合成に成功しました(J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 12216)。

(2)チオ尿素・第四級アンモニウム塩ハイブリッド触媒

ストリゴラクトン類(SL)は植物が産生するテルペンで、トウモロコシやイネに寄生する根寄生植物(ストライガ)の発芽を刺激することが知られています。世界的な食糧危機を解決するため、植物に害を与えることなくストライガの種子のみを自殺萌芽させる人工SLの開発が望まれています。そこで受容体探索とシグナル伝達機構の解明が行われていますが、天然からの供給量が極めて少ないため研究の障害となっています。我々は、SL類の不斉全合成とSLの共通部分構造である(4R)-4-アルコキシブテノリドの立体制御法の開発に取り組み、ラセミの4-ブロモブテノリドとケトエノールとのSN2反応を触媒的に促進する画期的な不斉触媒を開発し、多様なSL類の光学活性体を簡便に合成できる合成法を確立しました。


2.生物活性天然有機化合物及びその類縁体の高選択的な全合成研究

(1)アベナオール

ストリゴールを代表例とするストリゴラクトン類は、植物の発芽や根の生長・分岐をつかさどる植物ホルモンとして近年注目を集めています。2014年、宇都宮大学の米山らにより発見されたアベナオールは、これまでのストリゴラクトン類と比較して特異な構造を有しており、根寄生雑草Phelipanche ramosaの種子に対して顕著な発芽刺激作用を示すことが報告されました。

我々はこの特異な全シス置換シクロプロパン構造の合成に挑戦し、アレンへのシクロプロパン化とIr触媒によるジアステレオ選択的異性化を鍵とした全シス置換シクロプロパンの構築法の開発に成功し、アベナオールの初の全合成を達成しました(Nat. Commun. 2017, 8, 674)。開発した合成方法論は他の全シス置換シクロプロパン含有天然物への発展が期待されています。

(2)カプラザマイシン

結核は三大感染症の一つであり、現在、多剤耐性結核菌にも有効な薬物開発が望まれています。カプラザマイシン類は2003 年に放線菌より単離された核酸系抗生物質で、多剤耐性を有する株を含めた結核菌に抗菌活性を示すことから、新たな抗結核薬リード化合物として期待されます。本化合物はジアゼパノン部を中心に長鎖脂肪酸、ウリジン、アミノ糖から構成されており、その合成は大変挑戦的な課題です。

我々は独自に開発したチオウレア触媒を利用したジアステレオ選択的アルドール反応と新たな糖鎖含有脂肪酸側鎖導入法を鍵反応としたカプラザマイシンAの全合成を世界に先駆け成功し、関連化合物の全合成へ道を拓きました(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 3136)。


3.直截的・効率的・選択的な糖鎖合成法、および糖鎖修飾法の開発

糖鎖付加は化合物の構造や安定性、さらには生物活性に大きな影響を及ぼすことが知られています。例えば、糖需要性の高い癌組織において医薬品の糖鎖付加体がトランスポーターによって能動的に輸送されることが知られており、実際にその性質を利用したプロドラッグ化などが報告されています。また、医薬品に糖鎖を付加することで代謝安定性や水溶性が向上する報告例もあります。

これまでに医薬品を含め様々な化合物への糖鎖導入法が開発されていますが、既存の化学合成による糖鎖合成や糖鎖付加反応にも未だ改善すべき課題が残されています。例えば、1)アミドの直截的な糖鎖付加、2)できるだけ保護基を使用しないオリゴ糖合成、3)アノマー位の立体を完全に制御した糖鎖付加反応などです。我々は独自に開発した触媒や反応剤を用いて効率的なO-,N-グリコシル化反応を開発し、これらの課題解決に向けて取り組んでいます。最終的には、たんぱく質などの巨大分子の特定の部位に直截的に所望の糖鎖を付加できるような方法論を確立したいと考えています。


4.アミド・ペプチド結合の超効率的合成法の開発

(1)複雑分子の化学選択的修飾を志向した脱炭酸縮合反応の開発

最近、ペプチドや糖といった中・大分子が創薬の現場で注目を集めており、より複雑な分子に対する化学選択的修飾法の重要性を増しています。そのような背景の下、当研究室では最近α-ケト酸を用いた脱炭酸縮合反応を報告しました。

本法では、温和な条件下短時間で反応が進行し、無保護のカルボン酸を含む種々の官能基が存在しても、望みのエステルやアミドを良好な収率で与えます。我々が見出した脱炭酸縮合反応を実際の創薬現場で使ってもらうことを夢見て、どのような複雑分子に対して利用できるかを検証中です。また、プロセス化学の分野で重要なマイクロフロー反応や水中反応への適用も含め、環境調和を意識した次世代の高度分子変換技術の確立を目指しています。

(2)環境調和型高効率的脱水縮合を志向した革新的有機分子触媒の開発

アミドの合成法として、縮合剤を用いるカルボン酸とアミンの脱水縮合が知られています。しかし、量論量以上の試薬や大量の廃棄物など、コストや環境負荷等の大きな問題に直面しています。当研究室では現存の触媒では達成できない「室温での触媒的ペプチド縮合」を可能とする革新的な触媒の開発に取り組んでいます。

最近、新型の有機ホウ素触媒の開発に成功し、この触媒が加熱を必要としますが種々の官能基を側鎖に持つアミノ酸の縮合反応を効率よく促進することを見出しました。本触媒をペプチド創薬で実際に行われている固相合成等にも応用するべく、60年以上の歴史を誇る縮合剤に取って代わる高効率かつ環境調和型縮合触媒の創製を実現したいと考えています。


5. 活性化剤を必要としない新規反応剤の開発

活性化剤を用いずに化学選択的に化合物を修飾する反応の開発は、医薬品の後期修飾やプロドラッグ化など様々な可能性を秘めています。当研究室では、光などの外部刺激によって反応する試薬の開発や、ハロゲン結合の特性に基づく化学選択的反応剤の開発を行っています。

例えば、下図に示すような光応答性アミノ化剤(N-アシルイミノヨージナン試薬)です。これまでに報告されているN-アシルイミノヨージナン試薬は転位や加水分解などの理由から不安定であることが知られていましたが、オルト位に配位性の置換基を導入することによってN-アシルイミノヨージナンを世界で初めて安定に単離できることを見出し、またX線結晶構造解析にも成功しました。本試薬は375 nmの光を照射することにより活性化され、様々な化合物にアミノ基を導入することができます。現在、より長波長の光で活性化できる試薬の開発、基質適用範囲の拡大、収率の向上を目指し研究を行っています。